長引くセキ・タン・息切れに要注意!急増する真菌症と肺ガンの前段階"COPD"の関係とは
高齢者や免疫抑制薬などの使用で免疫力の低下した人が注意しなければならない感染症。病院や施設で感染症が蔓延すれば、多くの人が命を落としかねません。感染症の中でも近年増えているのが、真菌と呼ばれる微生物が引き起こす「真菌症」です。日本病理学会が毎年行っている病院で亡くなった患者さんの解剖検査で、全体の5%の患者さんが真菌症で死亡していることがわかっています。これは20人に1人に相当し、先進国で共通の現象です。
感染症を引き起こす微生物は、大きさ・形状・性質などによって、ウイルス(インフルエンザ、エボラ出血熱など)・細菌(大腸菌、菌、肺炎球菌など)・カビ類(アスペルギルス、菌など)に分けられます。いわゆるカビのことを真菌と呼んでいます。カビの中には体の奥にある内臓まで入り込むものがあり、多くは肺に侵入して繁殖します。カビは、私たち人間に近い構造の細胞を持つ生物ですが、違った点としてカニの甲羅を形成しているキチン質のように頑丈な細胞壁があります。人間の免疫力に抵抗して感染すると治りにくく、死に至ることもあるのが特徴です。
カビは空気1立方メートルあたりに通常1000個、環境によっては1万~10万個も含まれます。私たちは、毎日1万個程度のカビを空気といっしょに体内に取り込んでいるのです。若い健康な人はカビを吸い込んでも排除する力があるため、真菌症になることはほとんどありません。年を取って肺の働きが衰えた人、膠原病(関節リウマチなど)の治療で免疫抑制薬を飲んでいる人、抗ガン薬の治療によって免疫力が低下している人などがカビを吸い込むと、真菌症になる危険性が高くなります。
中でも、カビの感染に注意が必要なのは、血液のガンである白血病の患者さんです。白血病の治療で骨髄移植を行う場合、拒絶反応を抑える目的で免疫抑制薬が使われます。そのため、免疫力が急激に低下して真菌に感染しやすくなるのです。真菌症は薬が効きにくいカビのため、医学界では「白血病を克服するには真菌症の克服が必要」といわれています。
最近は、ガンや関節リウマチなどの免疫抑制薬を使用する病気にかかっていない60~70代で、COPD(慢性性肺疾患)の患者さんに真菌症が増えてきました。また、国内ではほとんど見られなかった海外の強毒性で危険な真菌による感染症も国内で次々と見つかるようになりました。そうした傾向を受けて、千葉大学医学部附属病院では、2014年に「真菌症専門外来」を設置しました。
肺の内部は、気管から枝分かれした多数の気管支がつまっています。それぞれの気管支の先端に肺胞という袋があり、ここで血液中に酸素が取り込まれ、血液中の二酸化炭素が捨てられます。COPDでは気管支に炎症が起こって細くなり、隣り合う肺胞が次々と壊れて大きな袋になり、肺の中に穴があいた状態になります。肺に穴があくCOPDは肺ガンの前段階ともいわれ、酸素と二酸化炭素のガス交換が正常に行われなくなり、しだいに息が苦しくなります。長年の喫煙習慣や大気汚染、有毒ガスを吸い込みやすい環境や職業などがCOPDの原因とされています。タバコを吸わない人でも年齢とともに肺が変化して、真菌症にかかりやすくなります。
カビは、空気・30~35℃の温度・湿りけ(水分)、糖・たんぱく質・脂肪などの栄養がある場所を好んで繁殖します。人間の体にはカビが好む環境がすべてそろっており、特にカビはCOPDのように肺に空いた袋を好むのです。肺は、奥まで侵入してきた異物を押し出す構造をしています。COPDで肺に大きな袋ができてしまうと異物を押し出せず、カビの侵入・定着を許してしまいます。胸膜(肺の表面を包む膜)には神経が通っていますが、肺の中には神経がないため、COPDや真菌症の発症に気づかない人が多いのです。肺に入ったカビは、まわりの組織を破壊しながら繁殖し、肺の機能を損なわせます。結果として現れるのがセキ・タン・息切れなどの症状です。真菌症が進行するとや微熱が出て体重も減少し、カビはやがて肺全体を破壊します。
現在までに開発されている抗真菌薬(カビに対する抗生物質のようなもの)は8種類しかなく、このため治療では複数の薬を組み合わせて使わざるをえないこともあるほどです。しかし、カビの勢いを止めるだけで除菌効果はなく、壊された肺の組織は元に戻りません。COPDを発症している人は、肺ガンの可能性が高まると同時にカビに侵されやすくなっています。真菌症は治療が難しいため、早期発見が非常に重要です。カゼや息切れ、気管支炎のような症状が毎日あって4週間も続く場合は、真菌症の疑いがあります。必ず医療機関を受診してください。カビは空気中に見えない雲のようになって漂い、汚れたエアコン・加湿器・水回り(浴室、トイレ、洗面台の裏など)などで増えていきます。ふだんからこうした場所をよく清掃して、真菌症を予防することも大切です。掃除をするさいは、マスクを忘れずに着けるようにしましょう。
亀井克彦先生(千葉大学真菌医学研究センター臨床感染症分野教授)