抗菌・抗ウイルス作用があって骨にもよし!和歌山の"梅干し研究最前線"をご紹介します
和歌山県は、温暖な気候やな土壌などの自然に恵まれ、果物を育てるのに適した地域です。ミカンやハッサク、梅などの生産量で全国1位を誇る和歌山県では、おもしろいことに、梅に関する言い伝えが多く残されています。「梅を食べると寝つかない(寝たきりにならない)」「日の丸弁当にするとご飯が腐らない」「梅酢でうがいをすると学級閉鎖にならない」など、昔の人は経験から梅が健康にいいことを知っていたのでしょう。興味を抱いた私は、梅の言い伝えの真偽を科学的に確かめるべく、梅の研究を始めました。
寝たきりに関する言い伝えを明らかにする研究では、梅には骨粗鬆症の予防効果があることがわかりました。骨粗鬆症は、骨の強度が低下して骨折する危険性が高くなる病気で、50歳以上の女性の3人に1人が患っているといわれています。女性が要介護となる原因の第5位に骨折・転倒があり、治療のために安静にする期間が長期化することで身体機能が低下し、寝たきりの状態になってしまうといわれています。
骨を作る細胞を培養して行った実験では、梅の成分を加えると骨芽細胞の増殖が20%も促進しました。また、骨を作る遺伝子の発現も増え、骨の基礎となる細胞の増殖が確認できました。人体への効果も調べるため、大阪リハビリテーション大学の教授との共同研究で、疫学調査(病気の発生や原因についての統計的調査)を行いました。和歌山県市とJAに協力してもらい、住民528人(男性が327人、女性が201人)を対象に、梅干しを食べる習慣と健康の関係について検査や聞き取り調査を実施しました。その結果、61~81歳の男性で梅干しを食べる習慣のないグループでは、骨密度の平均が基準値の70%より低い67.3%だったのに対し、梅干しを週に1~2個食べるグループでは83.2%であることが判明。さらに女性では、梅干しを週に1~2個しか食べないグループに比べ、1日3個以上食べるグループのほうが、BMI指数(肥満度を示す数値)が低いこともわかったのです。
「日の丸弁当に入っているご飯は腐らない」という言い伝えについても調べました。すると、梅干しには、食中毒菌である「ブドウ球菌(MRSA)」「病原性大腸菌(O‐157)」などの増殖を抑制する作用(制菌作用)があり、食中毒を予防する働きがあることが確認できたのです。黄色ブドウ球菌は、手指や鼻などに存在し、特に傷口や手荒れが起こっている部分に多く存在します。そのため、手作りのおにぎりや弁当などの食品に黄色ブドウ球菌がついてしまうと、食中毒の原因となってしまいます。黄色ブドウ球菌は増殖するさい、熱や乾燥、胃酸などに耐性がある「エンテロトキシン」という毒性の強い物質を作り出します。日の丸弁当には、梅干しの制菌作用によって黄色ブドウ球菌の増殖を抑制し、食中毒の原因となるエンテロトキシンの産生を防ぐ働きがあることがわかったのです。
和歌山県の一部の小学校では、梅酢でうがいをする習慣があり、昔から学級閉鎖になったことがないといわれてきました。梅酢は、梅干しを手作りするさいの副産物です。そこで私は、梅酢や梅干しにカゼやインフルエンザを抑制する成分が含まれているのではないかと考え、実験を行いました。梅干しから抽出したエキス成分をインフルエンザウイルスに感染させた細胞に加えたところ、約7時間後にエキスを加えなかった細胞が死滅してしまったのに対し、エキスを加えた細胞ではウイルスの増殖を約90%も抑制していたことが判明したのです。インフルエンザウイルスを抑制した梅の有効成分は、世界で初めて発見された物質で、「エポキシリオニレシノール」と名づけ、特許を取得しました。梅干しを手作りする習慣がない人は、市販の梅酢を水で3~5倍に薄めてうがいをすると、カゼやインフルエンザの予防が期待できるでしょう。
梅にはそのほかにも、胃がんや糖尿病の予防、動脈硬化(血管の老化)の抑制、便秘の改善など、さまざまな健康効果があることが判明しています。さらに、コメには血圧の上昇を抑制する効果があることも突き止め、日の丸弁当が非常に優れた健康食品であることがわかりました。
私たちの祖先の時代から食べつづけられている身近な食品は、意外な健康効果があるのかもしれません。健康効果があるからこそ、習慣になったのではないでしょうか。今後も、さまざまな食品の健康効果を科学的に解明していきたいと思います。
宇都宮洋才先生(和歌山県立医科大学機能性医薬食品探索講座准教授)