赤ちゃん人形により豊かな感情をよみがえらせる"ドールセラピー"をご存知ですか?

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皆さんはダイバージョナルセラピー(Diversional Therapy。以下、DTと略す)をご存じでしょうか。DTとは、オーストラリアやニュージーランドで高齢者や、認知症や障がいを伴う方のために実践されている専門分野で「身体的」「認知的」「精神的」「社会的」視点を持って行う全人的ケアのことです。DTでは、高齢者や認知症の方が人生を心から楽しみ、意味のある生活を実感できるように「楽しさ」「自分らしさ」「選択と自己決定」「ふれあいと社会性」に焦点を当てて実施します。今回は、多様なDTプログラムの中から、家庭でも行える〝ドールセラピー〟をご紹介しましょう。

ドールセラピーは、赤ちゃん人形に接することで、認知症の方に喜びや自信を取り戻してもらう方法です。多くの方は赤ちゃんに接するとき、慈しみや深い愛情を抱くと思います。子育てをした経験がなくても赤ちゃんの笑顔を見たり肌にふれたりするだけで、豊かな感情がわき起こってきます。認知症の方は〝介護される〟という受け身の生活を送っていることが少なくありません。そのような方でもドールセラピーを行うと、赤ちゃん人形をあやしたり、子守歌を歌ったりして自発的に行動するようになるのです。自分の意思で赤ちゃん人形の世話をして役割を感じることで、より生き生きと過ごせるようになるといわれています。

高齢者や認知症の方にとって苦痛なことが3つあるといわれています。それは、「退屈」「孤独」「孤立」です。退屈とは、何もすることがなく、自分の行動に意味や目的を持てない状態をいいます。孤独とは、家族や友人を失ったり、施設に入ったりすることによる寂しさや苦しさを指します。孤立とは、周囲の人と友好な関係が築けていない状態です。高齢者や認知症の方が、ドールセラピーによって生活の質(QOL)が向上することは少なくありません。実際にドールセラピーを導入した施設で見られた事例をご紹介しましょう。

● 患者さんとのトラブルがなくなり、薬の量を減らすことができたAさん(90代・女性)

認知症が進行して入所している施設の入居者さんとのトラブルが絶えなかったAさんは、病院の精神科から介護施設に転院しました。Aさんは未婚でしたが、甥を自分の子どものようにかわいがっていたそうです。看護師長が「Aさんにはめんどうを見たり、かわいがったりする相手が必要かもしれない」と考え、ドールセラピーを導入しました。赤ちゃん人形をそばに置いた結果、Aさんは穏やかに語りかけはじめたそうです。

Aさんは、周囲の人といっしょに赤ちゃん人形をあやすことで会話が生まれるようになり、トラブルは減っていきました。主治医の観察のもと、徐々に薬の量を減らしたAさん。ドールセラピーを導入して3ヵ月後には、薬が不要になったのです。その後も10年間、Aさんはほとんど薬を飲まずに穏やかに暮らしていました。

● 自発的な行動が増えて一人で歩けるようになったBさん(80代・女性)

介護老人施設に入っていたBさんは、みずから行動や会話をしていませんでした。会話によるやりとりに限界を感じた施設の職員は、ドールセラピーを導入。すると、Bさんは赤ちゃん人形に触ったり、頭をなでたりするなど、自発的に行動するようになりました。徐々に職員と会話するようになったBさんは、いままで話したことのない息子さんの存在についても語りはじめました。それまで職員が手を引いて歩かなければいけなかったBさんは、いつの間にか一人で歩けるようにもなりました。前向きな感情が、身体機能にもいい影響をもたらしたのかもしれません。

現在、ドールセラピーは特別養護老人ホームや病院、介護老人保健施設などに導入されています。ドールセラピーの広がりに伴って、赤ちゃん人形用のよだれかけや簡単な服を作って楽しむ手芸クラブが発足している施設もあるほどです。ドールセラピーはすべての方に効果があるわけではありません。赤ちゃんに対する感情や経験が個人によって差があるからです。認知症の方が赤ちゃん人形に興味を示さない場合は、配慮が必要です。DTでは必ず個人の好みや生活歴、現在の心身の状態について評価をくり返し行って、その人に合ったプログラムを提供します。ドールセラピーをするさいに使う人形は、表情や体形、感触が本物の赤ちゃんに近いほど効果が期待できます。人形の重さは抱きごたえに直結するためとても重要で、1300㌘程度がいいでしょう。

芹澤隆子さん(NPO法人日本ダイバージョナルセラピー協会理事長)

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