日本の希望を"きぼう"に乗せて!脱・寝たきりの切り札 宇宙飛行士を筋力低下から守るハイブリッド訓練法
超高齢社会に直面する日本で問題となっているのが廃用性筋萎縮です。廃用性筋萎縮とは、体に負荷のかからない状態が続いて筋肉がやせ細っていく状態をいいます。運動する機会が少ない高齢者をはじめ、手術直後や人工透析などで活動性が低下している人に多く見られます。筋萎縮は高齢者糖尿病や脂肪肝でも見られます。
簡単かつ効果的に筋肉を維持できないものか――現在、久留米大学と九州工業大学の"医工連携"で開発された小型装置を使った「ハイブリッドトレーニング」に注目が集まっています。ハイブリッドとは異なるものを組み合わせて一つの目的を果たすことを意味します。ハイブリッドトレーニングは、ひじやひざの曲げ伸ばしに電気刺激を組み合わせたものです。この研究の中心人物が久留米大学医学部の志波直人教授。整形外科、リハビリテーションのスペシャリストとして知られています。
ハイブリッドトレーニングには遠心性収縮の理論が取り入れられています。具体的には、ひじやひざを動かしたさい、伸びる筋肉を電気刺激で収縮させているのです。運動方向と逆方向に負荷がかかった状態を作ることで、筋肉を簡単かつ効果的に鍛えることが可能になりました。研究のきっかけは、志波教授が自分の腕で電気刺激による遠心性収縮を試したことでした。そのさい、「画期的な筋力強化法になりうる」と考えたそうです。
実験用の装置ができると、久留米大学医学部附属病院をはじめ、筑波大学医学部附属病院などで試験が始まりました。これまでに、人工ひざ関節手術後の筋萎縮の抑制や筋力増強効果などが確認されています。約3ヵ月で効果は顕著になることがわかりました。そのほか、肥満の解消や痛みの緩和などの効果も認められているそうです。最近は久留米大学の整形外科と内科の連携も進み、非アルコール性の脂肪肝による肝機能の改善や、体内の炎症の程度を示す指標の一つとされるインターロイキン‐6(IL‐6)というサイトカインの減少効果も海外の学術論文で発表されています。
国内の大学で研究を重ねてきたハイブリッドトレーニングは、宇宙飛行士の健康管理の実験として採用されました。微小重力空間の宇宙に長期滞在する宇宙飛行士にとっても、廃用性筋委縮は大きな問題となっています。例えば、6ヵ月の国際宇宙ステーション(ISS)滞在で、ふくらはぎの筋肉は32%も萎縮するという報告があります。
ハイブリッドトレーニングは現在、きぼうとともに地球から400㌔離れた上空を回りつづけています。宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究に初めて採用されたのは、2009年のこと。志波教授の着想から、すでに15年近くが過ぎていました。きぼうの実験棟で行われた共同研究でも、4週間のハイブリッドトレーニングで骨・筋肉の維持・強化に有効であるというデータが得られています。今後も、宇宙を舞台に新たな試験を行う計画があるそうです。
これらの研究の成果は、脱・寝たきりの機器にも取り入れられています。現在、ハイブリッドトレーニングを搭載した「ひざトレーナー」という筋力トレーニング機器がパナソニックから製品化されています。60~70歳代の男女15人を対象に行った試験では、ひざトレーナーを装着して1回30分の運動を週3回、12週間続けた結果、ひざを伸ばす力が約41.6%、ひざを曲げる力が約37.3%増すという結果が確認されています。
※ひざトレーナーは、全国の販売認定店で販売されています(ひざトレーナー販売店一覧)
寝たきりになりたくないというのは誰もが望むこと。これからの研究にも大きな期待が寄せられています。